リバティにて(ディディエ)


「な、なんということを……!」
 店主があまりに大きな声を出すものだから、店の客の注目はすべてディディエに集まっていた。店内だけでなく、通りを歩く何人かの街人も、開け放たれた入口から中の様子を窺おうとしている。
 ここは、迷城都市リバティにある一軒の何の変哲もない武器屋だ。
 ディディエの目の前の床には、落ちた杖と、砕け散った石の欠片が広がっていた。

『大魔乗杖』と銘打たれて額縁に飾られていたその杖は、とんでもなく長い名前が付けられていたが、その名は古代魔法文明語でも真魔語でもないようで、ディディエにはただの文字の羅列のように思えた。
 魔結晶が埋め込まれているのだと店主の男はディディエに説明したが、ついているのはどう見ても質の悪い鉱物で、それは魔結晶とよく間違えられるアメジストやクォーツといった宝石類ですらなかった。
 だからそれをそのままディディエは店主に告げた。
 それだけのことなのに、話は大ごとになってしまった。

 ディディエが、話を証明するために石に触ろうとしたのを、店主が止めに入り、杖はなぜか額縁ごと床に落ち、石は砕け散った。
 砕けた石片を見て、ディディエはむしろ割れたことこそが魔結晶でないことのあかしになると安堵したが、店主は顔面を蒼白にさせて、頭を抱え込みディディエに叫んだ。

「弁償してもらうぞ!」

 杖の値段は1万G。
 こんな偽物になぜそんな、とディディエは反論したが、この杖は先祖代々この店に伝わる宝物なのだと店主は言う。
 拾い上げた欠片にマナは感じられない。
 しかしそれもディディエが割って壊してしまったせいなのだと店主は信じているようだ。
 そうでないといくら説明したところで、血が上った店主の耳には届かない。

 ディディエは駆け出しの冒険者で、そんな大金は用意できないし、財産と言えるものは何も持っていない。
 いつの間にかディディエは店主と街人数人に捕まえられたまま、近くの金融業の事務所に連行された。
 マスターのタビットはサングラスごしにディディエを見、にやりと笑う。

「それじゃあ、兄ちゃん。借金、ちゃんと、体で払ってもらおうか」

 ディディエは生粋のソーサラーで、筋力も体力もない。力仕事は全然むかない体質だ。自分はいったいどんな仕事をさせられてしまうのだろう。
 碌に反論もできないまま、ディディエは強面のタビットとその用心棒の男に連れられて、事務所からどこかに連れていかれるのだった。



2021.08.21