歓迎会

 

「俺もここに引っ越してきていいか?」
 入り口に立ったまま、部屋をきょろきょろと二度ほど見渡してから、グエンが何か算段をつけたみたいにそう言った。俺がぽかんとしていたら、誰も何も言わなかったせいで少し間があいて、その空白にグエンはちょっと照れたのか、困ったように笑った。
「なんだよ。駄目か?」
 駄目なわけがない。もちろん、飛び上がって賛成した。ゼパルもディディエも反論はないようだった。でもいつも通り、「ああ、いいぞ」とか「二人がいいなら俺はいいけど」とか、そういったさめた態度だった。俺みたいにもろ手を挙げて喜んでいるようでもないし、息をのむほど驚いたようでもなかった。例によって俺だけが、大きな声ではしゃいで、「それなら今日はパーティーじゃん!」と勢いだけで企画して、案の定『何が?』『なんで?』って顔してるあいつらの背を押して、祝いの酒と料理を買い出しにいくことになった。
 グエンが昼寝亭に来る。
 この大きな一歩が、あの二人には分かってない。

「遅いぐらいだったよ」
 後からゼパルはそう言っていた。同じ依頼をこなすパーティーとして行動を共にするようになってから、グエンひとりだけが別のところに住んでいるのは、確かに色々と不便があった。
 荷物が多かった、というのはグエンの説明で、それはその通りだったんだろうなと俺も思う。行商をしていたグエンの部屋は、住居というより貸倉庫のそれだった。あれを全部、どうにか片付けたのだとすると、むしろグエンの支度は早いほうだったんだろう。部屋の天井まで積みあがった木箱の中身を、売りさばくか、委託するか、引継ぎをしてもらうか……俺には分からないけれど、とにかく相当な作業だというのは簡単に想像できる。
 町を出てからずっと取り扱って、売り買いしていた商品だったと、グエンは言っていた。
 どんどん溜まっていって整理しきれない分も出てきてたから、ここらで一掃できて、気分もいいよ。そう、ワイン片手にほろ酔いで笑いながら言うグエンの顔を、俺は眺めていた。

 でも、きっとそれは半分だけの本当だ。

 クオートで出会ったフェアリーテイマーのトトリは、宝石がトトリにとっての剣だと言った。それを聞いて俺は、じゃあプリーストの俺にとっては、聖印がそうか、と思った。でもそれは、微妙に、俺の胸には馴染まなかった。俺は、俺の剣を、この聖印に託していない気がする。村を跳び出した俺が、自分の相棒として引っ掴んできたものは、たぶん十字架じゃない。そんな気がする。
 グエンは、どうだったんだろうか。
 町を出て、商人になったグエンにとって、すべての商品は、それが詰まったあの貸倉庫は、どんなものなんだったんだろうか。
 それを全部、売り払って、グエンが昼寝亭に引っ越してくる。
 ディディエもゼパルも、ちっとも分かっちゃいない。

 俺はたぶん、グエンが故郷のことを「俺がいないほうがいい町なんだ」と言ったときから、グエンにちょっとだけ自分を見ている。
 あの町のことを嫌いになってないグエンが、凄いなって思うし、あの町での商人になれる機会を蹴ってまで冒険者になったグエンのことを、なんか分かるなって、思ってしまう。
 俺もたぶん、村で司祭になる機会がもしあったって、冒険者を続けると思う。爺様に直接、お前が継いでくれって頼まれたって、きっと俺は冒険者をやる。あるいは、それが親父だったって。母さんだったとしても。俺はそうする。
 だから、俺は町から離れるグエンが好きだ。
 商人をやめて、冒険者になるグエンのことが、なんか好きだ。
 これはたぶん、俺から見た一方的な話ってだけで、ほんとのところは、グエンの事情は全然違っているんだろうっていうのも、なんとなく分かってる。
 でも自分が、冒険者になるグエンの、一助になってるって思うと、不思議とうれしい気持ちがあふれてくる。引っ越しでもなんでも手伝ってやろうって思う。それを祝って宴会だってしたくもなってしまう。

 俺は、故郷に対するちょうどいい言葉を知らなかった。
 これは、俺の個人的な話にすぎない。
 ゼパルもディディエも、もしかしたらグエン本人も、ちっともまったく、俺の気持ちには付いてきてないかもしれない。

 でもグエンが引っ越してくるんなら、今夜は日が昇るまで、パーティーだって決まってる。



2023.0.22